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景福宮(キョンボックン)の基本情報 - ソウルの観光地

景福宮(キョンボックン)の概要

景福宮(キョンボックン)は、約34万㎡の広さがある李氏朝鮮(朝鮮王朝)の法宮です。

1395年に李氏朝鮮の開祖である李成桂(イ・ソンゲ)が創建し、北岳山、仁王山、南山に囲まれ、正門の光化門前には世宗路(セジョンノ)が伸び、ソウルの中心地となっています。

1592年の文禄・慶長の役(豊臣秀吉による朝鮮出兵)により消失しましたが、1868年に高宗(コジュン)の時に再建され、次第に規模が大きくなっていきました。

1910年に韓国併合条約により日本が朝鮮(韓国と北朝鮮)を統治すると、景福宮(キョンボックン)の敷地内に朝鮮総督府(日本が朝鮮を統治するために設置した官庁)が置かれ、元々あった歴史的な建物はほとんどが撤去され、ごく一部残った宮殿も覆い隠されました。

太平洋戦争で日本の敗戦が決まり、韓国が独立した後に朝鮮戦争が始まりました。しばらくは放置されていた元朝鮮総督府は、1986年から1995年までは博物館として使用されていましたが、1990年から本格的な復元事業が開始され、1996年に解体されました。

現在も復元の途中で、完全に復元事業が終わるのは、2025年の予定となっています。

景福宮(キョンボックン)の香遠亭(ヒャンウォンジョン)

景福宮(キョンボックン)の香遠亭(ヒャンウォンジョン)


ソウル、名前の移り変わり

東京が江戸であったように、ソウルも以前は名前が違いました。

遠い新羅の時代(356年~935年)に漢陽(ハニャン)と呼ばれ、高麗の時代(918年~1392年)に揚州(ヤンジュ)から漢陽(ハニャン)に戻り、李氏朝鮮の時代(1392年~1910年)に漢城(ハンソン)に、日本統治時代(1910年~1945年)には京城(キョンソン)と呼ばれていました。

その後、「都」という意味でソウルと名付けられました。

景福宮(キョンボックン)のデータ

基本情報

住所(日本語) : ソウル市 鍾路区(チョンノグ)世宗路(セジョンノ)1-56

住所(韓国語) : 서울시 종로구 세종로 1번지 56

電話番号 : 02-732-1931

ホームページ : http://www.royalpalace.go.kr

 

景福宮

大人(19歳~64歳) : 3,000ウォン (20人以上は2,400ウォン)

青少年(7歳~18歳) : 1,500ウォン (10人以上は1,500ウォン)

6歳以下、65歳以上 : 無料

※景福宮(キョンボックン)の入場券で国立民俗博物館、国立古宮博物館、乾清宮に入場ができます。

※総合観覧チケット(10,000ウォン、有効期限:1ヶ月)で景福宮、昌徳宮(後宛を含む)、昌慶宮、徳寿宮、宗廟が観覧可能です。

 

見学時間

3月~10月 : 9:00~18:00 (入場時間は17:00まで)

11月~2月 : 9:00~17:00 (入場時間は16:00まで)

 

休日

毎週火曜日

 

無料ガイド

日本語 : 10:00 12:30 14:30

英語 : 11:00 13:30 14:30

中国語 : 10:30 13:00 15:00

韓国語(月、水~土) : 11:00 13:00 14:00 15:00 16:00(冬期15:30)

j韓国語(日) : 11:00 12:30 13:00 13:30 14:00 14:30 15:00 16:00(冬期15:30)

※10~30人の団体の場合は予約が必要です。案内に関する電話は「02-723-4283」です。

 

観覧のマナー

文化遺産保護のため、禁煙です。

ペット、運動器具、レザーシート、食べ物、危険物の持ち込みは禁止です。

小・中・高校生の団体観覧の場合は引率者が必要です。

ちょっとだけハングル

경복궁(キョンボックン) = 景福宮

이성계(イ・ソンゲ) = 李成桂(李氏朝鮮の開祖)

고종(コジュン) = 高宗(景福宮が再建されたときの国王・第26代目)

한양(ハニャン) = 漢陽(新羅と高麗の時代)

양주(ヤンジュ) = 揚州(高麗の時代)

한성(ハンソン) = 漢城(李氏朝鮮の時代)

경성(キョンソン) = 京城(日本統治時代)

서울(ソウl) = ソウル

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